がんちむの備考帳

身近なことを一生懸命考えると、どうでもいいことがどうでもよくなくなったり、どうでもよくないことがどうでもよくなったりします。

不思議の国のチョルス 前編

ある日、チョルス(仮名)から連絡がきた。

 

彼は年上の韓国人の友人で、韓国から時々連絡をよこしてくる。

 

今回の内容は、来月に日本に行くから空港まで迎えに来てほしい、とのことだった。

 

チョルスとは学生時代に日韓の学生交流事業で出会ったのだけれど、日本語がペラペラな彼は、その後もちょくちょく日本にやってきては、私や、その交流事業に参加していた友人たちを訪ねていた。

 

大学を卒業してまで付き合いが続くとは思わなかったが、それも彼が頻繁に連絡をくれたり、会いに来てくれたりするおかげだと思っている。

 

そんなチョルスだが、今回は福岡、広島、大阪、東京をめぐる、日本縦断一人旅を計画しているらしい。

 

それでスタート地点である福岡に住む私に連絡をしてきたというわけ。連絡を受けたのは私だけではなく、広島に住む共通の友人も、わざわざ福岡空港までチョルスを迎えに行くとのことだった。

 

ご苦労なこって。

 

心の中で私はそう呟いたが、仲のいい友人に久しぶりに会うのだから、広島の友人もきっと苦にはならないのだろう。

 

もちろん私としても、チョルスが日本に来るのは嬉しい。

 

その気持ちに嘘偽りはない。

 

ないのだが、彼を迎える場合、心得ておかなければならないことがある。

 

第一に、彼はとにかく人を集めたがる

第二に、彼は遠慮をしない

第三に、彼はドがつくスケベである

 

これらの要素により、私たちは体力的、精神的、金銭的に多少疲弊することになる。

 

今までがそうだった。

 

今回から三回に分けて、そんなチョルスのお話を書く。

 

今日は一番目について。

 

①彼はとにかく人を集めたがる

 

学生時代、夜中にチョルスから電話がかかってきたかと思えば、

 

「来週日本に行くから、泊めてくれ。もう船のチケットも予約しちゃったカラ」

 

そんなことを突然言い出し、そしてさらりと、

 

「朝の8時に到着するから、港まで迎えに来てネ」

 

そう言い残して電話を切る。 こんなことはよくあった。

 

 私が住んでいた場所から、その港までは電車で2時間ほどかかるので、私は始発に乗って彼を迎えに行くことになる(私は車を持っていない)。

 

あれは十二月のことだった。

 

真冬の場合、私はあたりがまだ真っ暗なうちから家を出て、凍ったサドルに跨りながら駅まで走った。

 

駅のホームで白い息を吐きながら一番列車を待つ。暗闇に伸びる線路を目で追っていくと、遠くに一点の明かりが見える。その光は少しずつ大きくなり、一番列車であることに気付く。前照灯が煌々と暗闇を照らしながらホームに入ってくる。

 

そして私は逃げ込むようにして、暖房の効いた車内に飛び乗るのだ。車内でウトウトとしているうちに、窓の外が少しずつ明るくなってくる。

 

そんな風にして港にたどり着き、人がまばらな到着ロビーで、彼がゲートから出てくるのを待つことになるのだが、朝が早かったのでここでも私は目を閉じて、椅子の背もたれに身をあずけることにした。

 

そのとき、左肩をトントンと軽く叩かれた。ゲートから出てきたチョルスが私を見つけたのかと思い、目を開けて振り向いたのだが、そこにいたのはチョルスではなく、前出の広島の友人だった。

 

「あれ、どうしたの?こんなところで」

 

私はそう言いつつ、彼の背後にも視線を送る。するとそこには、例の交流事業のメンバーが十人近く集まっているではないか。

 

「いやあ、チョルスに迎えに来いって言われちゃってね」

 

広島の彼は言った。

 

そう。チョルスは知っている友人に片っ端から連絡をして、港まで迎えに来させていたのだ。

 

 入国審査に時間がかかったらしく、私たちは小一時間は待たされることになったのだが、審査を済ませ、ゲートから出てきたチョルスの顔は実に晴れ晴れとしていた。

 

荷物が載ったカートを押し、笑顔を振りまきながらやってくる。

 

韓流スターか、お前は。

 

心の中でつっこみを入れながら、近づいてくるチョルスの顔を見た。

 

どう頑張ってもヨン様イ・ビョンホンには程遠い、ごくごく平凡な韓国人男性の顔つきだった。

 

しかし、眠気のせいなのか何なのかよくわからないが、私にはぼんやりと一瞬だけ、来日した彼を取り囲むファンたちの幻影が見えた気がした。

 

「どうして、わざわざこんなにみんなを集めたのさ?」

 

訊くと、チョルスはどや顔で、

 

「みんなに会いたかったカラネ」

 

恥ずかし気もなくそう言った。

 

その顔にはとても満足そうな笑みが浮かんでいた。

 

チョルスは来日するとき、後先考えずに、とにかく片っ端から友人に連絡する癖がある。

 

そうなると、必然的に大所帯になって、移動やお店に入るときに面倒なことになるのだが、

 

それでも人が集まるのは、彼の人望なのかもしれないと思った。

 

中編に続く。